「自分軸で生きる」は幻想か? ― 現実に効く“自分を守る”生き方

自分軸で生きる、という幻想

〜「意識を変える」だけでは人生は変わらない〜

「他人軸で生きるな」「自分軸で生きろ」。
そんな言葉を耳にすることが増えました。
自分の価値観を大切にして、他人に振り回されずに生きよう――という意味でしょう。
けれど、実際にそれを実践できている人は、どれほどいるでしょうか。


自分軸で生きることは、本当に可能なのか?

人間は社会的な生き物です。
他人からの承認や共感を求めるのは、生き延びるために備わった本能です。
だから、「他人軸を捨てて完全に自分軸で生きる」というのは、
生物学的に言えば、ほぼ不可能です。

むしろ現実的には、「どの他人の評価を重視するか」を選ぶことのほうが大切です。
他人を無視して自分勝手に生きることではなく、
依存の方向を意識的に選ぶ――それが本来の“自分軸”なのだと思います。


「意識を変える」と言われても、脳はすぐには変わらない

自己啓発の世界では、「マインドセットを変えれば人生が変わる」とよく言われます。
しかし、脳の仕組みを考えると、この考え方には限界があります。

思考や意識は、脳内環境に強く依存しています。
睡眠不足や慢性的なストレス状態では、前頭前野の働きが低下し、
冷静な判断や前向きな思考が続きません。

つまり、「意識を変える」よりも先に、
脳内環境を整える(体を整える)ことが必要です。
そして実際に行動が変わることで、初めて意識も少しずつ変わっていきます。
順番は「意識 → 行動」ではなく、「行動 → 意識」が現実です。


行動を変えなければ、周囲の評価も変わらない

意識が変わっても、行動が変わらなければ意味がありません。
なぜなら、他人はあなたの「考え」ではなく、「行動」であなたを判断するからです。

どんなに前向きに考えても、態度が変わらなければ相手の反応も変わりません。
結果として、あなたの周囲の評価も変わらず、
「変わったのに報われない」というストレスだけが残ります。

人間関係の変化は、いつも行動レベルで起こります。


「執着を手放す」は、精神論ではなく神経回路の再学習

「執着を手放す」という言葉もよく聞きます。
しかし、これも実践は簡単ではありません。

脳は快楽や承認を得た経験を「報酬」として学習します。
その快感を何度も味わううちに、脳の報酬回路が強化され、
「もっと欲しい」と感じる仕組みになっています。

つまり、執着を手放すというのは、
快楽に対する神経回路を再学習するということです。
それには時間がかかります。
「意識を切り替えるだけで手放せる」というのは、ほとんど幻想です。


自分を変えるには、他者との関係が必要

最終的に、自分の自己評価を上げるためには、
他者からの具体的な好意や評価が不可欠です。

人間の脳は、他人からの笑顔や共感の言葉で報酬系が活性化します。
自分を肯定できるようになるのは、 他者があなたを肯定してくれた経験の積み重ねによってのみ。
現実味をもって自己肯定できると感じられるのは、そうした経験があるからです。

だから「自分を変える」とは、
実は「他者との関係性を少しずつ変える」ことでもあります。
それを抜きにした“完全な自立”は、幻想に近いでしょう。


自分軸は「土台」があって初めて成立する

ここで見落とされがちな点があります。
それは――自分軸とは、ある程度の自立と安定がある人の話だということ。

生活が不安定であったり、職場や家庭環境が過度にストレスフルな状態では、
「自分らしく生きる」どころか、まず身を守ることが最優先です。

そんな状況で「もっと自分軸で」と言われても、
それは現実的ではありませんし、むしろ自己否定を強めてしまう危険さえあります。

自分軸とは「すべてを自己責任で背負う」ことではありません。
むしろ、自分を守るために、どの環境を選ぶかを決める力です。

  • 限界を感じたら、転職や離職も立派な選択肢。
  • 生活が苦しいときは、福祉制度を利用することに遠慮はいりません。
  • 他人に助けを求めることは、自分軸を失うことではなく、自分を守る行動の一つ。

こうした現実的な行動こそが、
「自分軸を持つ」ことの具体的な表現です。


まとめ:自分軸とは、依存の方向を選ぶこと

「自分軸で生きる」とは、
他人を無視して生きることではありません。

誰の評価を信じるか、
どの関係を大切にするかを、自分で選ぶこと。
そして、身体と行動を通して少しずつ脳を変えていくこと。

それが、スローガンではなく、現実に効く「自分軸」です。
自分を守ることを恥じず、助けを借りながら、
少しずつ「自分の選択」で生きていく――
それがほんとうの“自由”ではないでしょうか。

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