日本が停滞しているのは、国家経営者を育てていないからかもしれない

こんな面白い動画を見つけました。

【僕の引っ越し先】国家という名の企業。シンガポールについて語ります

シンガポールがなぜ成長できたのか。

地理、税制、外国人政策、住宅、教育、少子化、政治制度まで、国全体を一つのシステムとして眺めている動画です。

面白い話はたくさんありました。

そのなかでも、僕にとって特に鮮烈だったのが、シンガポールの政治エリートの育て方でした。

優秀な高校生を、国のお金で海外へ送り出す

シンガポールでは、大学進学前を含む早い段階で優秀な若者を見つけ、奨学金を出して、海外を含む大学へ送り出します。

卒業後は官僚や軍などで実務を経験させ、さらに適性を見ながら重要な仕事を任せていく。

そこで実績を残した人材の中から、政治家へ転身する人も出てきます。

要するに、

「いつか優秀な政治家が偶然現れることを期待する」

のではありません。

将来、国を動かす可能性のある人材を早く見つけ、国が長期的に育成に関わり、実際の仕事をさせながら選んでいくわけです。

もちろん、若い段階で人を選別することには問題もあります。

早く評価されなかった人が不利になったり、同じような学歴や経歴を持つ人ばかりが上に集まったりする危険があります。

それでも、

「次の世代の国家経営者を、どうやって用意するか」

という問いに対して、シンガポールは明確な答えを持っています。

それに対して日本では、この問いへの答えが、明確な国家戦略として有権者と共有されているようには見えません。

日本の停滞は、政治家個人だけの問題なのか

日本社会が長く停滞している理由については、さまざまな説明があります。

少子高齢化、既得権益、規制、デフレ、教育、企業文化、人口減少。

どれも間違いではないと思います。

ただ、どの問題を解決するにしても、最後に必要になるのは、状況を正しく理解し、決断し、実行できる人です。

しかも、現在は判断のスピードも求められます。

AI、半導体、エネルギー、安全保障、感染症、社会保障。

数年前とは状況を大きく変えるような問題が次々に現れ、世界各国が政策を変更しています。

判断を間違えれば大きな損失が生まれます。

判断を先延ばしにしても、同じように損失が生まれます。

ところが日本では、政治家について不満が出ても、

「もっとまともな人に投票しよう」

という話で終わることが多いように思います。

しかし、そもそも国家を経営できる人材を育てる仕組みが弱ければ、その不足を選挙だけで補うことはできません。

これは民主主義を否定する話ではありません。

国民が選挙で政治の方向を決め、権力を監視することは必要です。

問題は、その次です。

民主的に選ばれた政治の中で、国家経営能力をどう確保するのか。

選挙で選ばれる能力と、国家を運営する能力は同じではありません。

演説がうまいこと、地元で支持されること、党内で人間関係を作れることと、経済政策や外交を正しく判断できることは、別の能力です。

この後者の能力を国が意識的に育てる仕組みが、日本では有権者から見える形で示されていないように思います。

少なくとも、シンガポールほど明確には見えてきません。

国家経営者を育てている国は、ほかにもある

調べてみると、やり方は違っても、国家の中枢人材を意識的に育てている国はほかにもありました。

フランスでは、高級官僚を専門的に教育し、省庁や大臣官房などで国家運営の経験を積ませます。

韓国の高度成長期には、経済企画院に優秀な官僚を集め、経済計画、予算、外資導入などを一体的に扱わせました。

中国では、将来の幹部候補に地方行政を経験させます。実際に地域の予算、人員、産業政策などを扱った人が、より上位の仕事へ進んでいきます。

政治体制が違うので、そのまま日本へ持ち込むことはできません。

それでも共通しているのは、

「国家を運営する能力は、試験に合格しただけでは身につかない」

という考え方です。

教育し、実務を経験させ、責任を負わせ、その結果を見て次の仕事を任せる。

国家経営も、企業経営や医療、法律と同じように、経験と訓練が必要な専門領域だと考えられています。

日本では、優秀な人が官僚を目指さなくなっている

日本に優秀な人がいないわけではありません。

問題は、優秀な人が国家の仕事を選ばなくなっていることです。

人事院の資料によると、国家公務員総合職試験の申込者は、2012年度の2万5110人から、2024年度には1万8333人まで減りました。

約27%の減少です。

さらに、総合職で採用されてから10年未満で退職した人は、2013年度の76人から、2023年度には203人へ増えています。

10年間で3倍近くです。

国家の中枢で働くことに魅力があれば、これほど人が離れるでしょうか。

若いうちは給料がそれほど高くない。

長時間働く。

国会答弁や関係者との調整に追われる。

失敗すれば強く批判される一方、成果を上げても報酬や昇進に大きな差はつかない。

これでは、優秀で選択肢の多い人ほど民間へ流れるのは当然です。

日本はエリートを優遇しすぎているのではありません。

むしろ、国家に必要な人材へ、責任に見合う裁量と報酬を与える仕組みが弱いのだと思います。

高い給料だけでは解決しない

動画でも紹介されていたように、シンガポールでは、大臣に民間企業のトップクラスと競争できる高い報酬を支払っています。

さらに調べてみると、面白いのは金額だけではありませんでした。

大臣の報酬の約35%は変動部分で、その一部が国の成績によって決まります。変動部分には個人の業績賞与なども含まれますが、その一部であるNational Bonusが、国の経済や所得の指標に連動しています。

評価に使われるのは、実質GDP成長率だけではありません。

  • 失業率
  • 国民の実質所得中央値の伸び
  • 所得下位20%の実質所得の伸び

も含まれています。

単に国全体の経済規模を大きくすればよいのではなく、中間層や所得の低い人の暮らしが改善したかまで、報酬の判断材料にしているわけです。

もちろん、景気は世界情勢にも左右されるので、大臣個人の成績を完全に数字で測ることはできません。

それでも、

「偉い地位に就いたから高い給料を受け取る」

のではなく、

「高い給料を払う代わりに、国民の生活をよくする結果を求める」

という考え方は明確です。

ただし、この仕組みも、高い給料だけを切り取って日本へ持ち込めば、単なる特権階級になってしまいます。

優秀な人を見つける。

教育する。

さまざまな仕事を経験させる。

能力を評価する。

重要な仕事を任せる。

その責任に見合った報酬を払う。

成果に対する評価を次の配置や昇進に反映する。

これらが一つの仕組みとしてつながっていることが重要です。

高い報酬だけを導入すれば、単なる優遇になります。

逆に、厳しい責任だけを求めて報酬を低く抑えれば、ほかに選択肢を持つ優秀な人から離れていきます。

高い報酬と厳しい評価は、セットでなければ機能しないでしょう。

日本が取り入れるなら、この三つではないか

日本がシンガポールをそのまままねることはできません。

国の大きさも歴史も、政治制度も違います。

それでも、取り入れられる考え方はあると思います。

1.国家経営者を意識的に育てる

新卒の官僚だけでなく、民間企業、研究機関、自治体、医療、法律、IT、国際機関などから人材を集めます。

一つの省庁だけで働かせるのではなく、複数の分野や地方行政、海外交渉などを経験させます。

首相、閣僚、事務次官、国家プロジェクト責任者になり得る人を、常に複数育てておくべきです。

2.責任に見合う報酬を払う

全公務員の給料を一律に上げるという話ではありません。

国家の進路を左右する仕事をする人には、民間の経営者や高度専門人材と競争できる報酬を用意する必要があります。

数兆円規模の政策を判断する人に、数千万円の報酬を払うことは、ぜいたくではありません。

一つの判断ミスで失われる金額を考えれば、むしろ安い投資です。

3.裁量、成果評価、交代をセットにする

高い報酬を払うなら、大きな裁量と明確な責任も与えます。

成果を検証し、能力が足りなければ降格や交代もある。

ただ、去年のGDPが上がったかどうかだけで評価したら、数字をよく見せる政策ばかりが増えそうです。

所得や雇用、将来への投資、行政サービスなど、いくつかの結果を長い目で見る仕組みが必要なのだと思います。

モヤモヤしていた理由が少しわかった

これまで日本の政治を見ながら感じていたモヤモヤは、

「政治家や官僚が頼りない」

という不満だと思っていました。

しかし今回、シンガポールの仕組みを知って、少し見方が変わりました。

個人の資質だけの問題ではなく、国家を動かす人材を、どのように見つけ、育て、仕事を任せ、評価するのかという制度の問題でもあるのではないか。

日本にも、官僚の採用や研修、政治家の育成について、さまざまな議論や取り組みがあります。

ただ、それが、

「これからの日本は、どのような人に国家経営を任せるのか」

「その人材を、国としてどのように育てるのか」

という明確な国家戦略として示され、有権者と共有されているようには見えません。

日本社会の停滞には、さまざまな原因があります。

そのなかには、国家を動かす人材をどう確保し、どう育てるのかという方針が、国民に見える形になっていないことも含まれているのかもしれません。

シンガポールの制度を、そのまま日本へ持ち込めばよいとは思いません。

ただ、動画を見たことで、

「次の総理大臣や官僚トップは、どこから現れるのか」

「その人たちは、国家経営のためにどのような経験を積んできたのか」

という、これまであまり意識していなかった問いが残りました。

答えが出たわけではありません。

でも、何にモヤモヤしていたのかは、少しだけわかった気がします。

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